スポンサーサイト

-- --, --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『翻訳を学ぶ人のために』

02 05, 2015

翻訳を学ぶ人のために翻訳を学ぶ人のために
(2005/03)
安西 徹雄、 他

商品詳細を見る


編者鼎談 翻訳とはクリエイティヴな作業である(安西徹雄/井上健/小林章夫)
第1章 英文和訳から翻訳へ
第2章 発想を転換すれば、突破口が見えてくる
第3章 フィクションの翻訳
第4章 ビジネス翻訳
第5章 映像翻訳
第6章 翻訳で作られた近代日本語
第7章 「第三の文学」としての翻訳文学―近代日本文学と翻訳
第8章 翻訳家への道―「翻訳の面白さ」を忘れないために



 まさに翻訳の「見本市」といったような本で、広く浅く翻訳の全体像を見渡せるようになっています。編者がみな大学の先生なので、アカデミックで理論的な内容になっているかと思いきや、ある程度具体的な内容になっていて、右も左もわからないようなときに読めばすごく役立つのではないかと思います。

 あくまでも広く浅くなので、結局は各著者の本を読むことになると思いますが、柳父章さんも執筆していたりと多彩な顔ぶれになっていますし、参考文献も程よく厳選されて紹介されていて使い勝手が非常によいです!『翻訳とは何か―職業としての翻訳』の山岡洋一さんや、『翻訳の世界』元編集長の今野哲男さんなど、実務畑の方も寄稿されています。

にほんブログ村 外国語ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

ついに刊行!『翻訳ほど残酷な仕事はない 第二部 地の利』

08 30, 2013
 大変長らくお待たせいたしました。『翻訳ほど残酷な仕事はない 第二部 地の利』刊行です。以下紹介文。


 単なる一翻訳者の自伝的書物の類だと思ってはならない。また、「あなたにもなれる!」式の甘い誘惑のことばが書き連ねられているわけでもない。
 この第二部ではいよいよ、辻谷青年の翻訳者としての人生が始まる。独立前、ある翻訳会社に勤めた2年間の記録である。翻訳者を目指している者の多くにとってはまさにあこがれの人生だ。ただ著者にとってこの事態は、「そうするしかなかった」というある種の運命的なものにすぎない。バラ色の未来が待ち受けているのか、はたまた不幸の始まりか。
 この巻にかぎったことではないが、読む者は常に決断を迫られることになる。覚悟を決めるか、潔くあきらめるか。それ以外に選択肢はない。これほど読後に清々しい気分になる本もめずらしい。
 注目すべき点はほかにもある。著者は常に「あるもの」との対決を迫られる。それも、翻訳という人生とは関係なく、誰もが直面するはずの魔物である。それは読む者のなかに巣食う魔物かもしれない。


 
 目次

 人生でいちばん長い日
 文科系と理科系
 「終わり」と「始まり」との逆転
 小学校だけが大学だった
 トリックの落とし穴
 通訳と翻訳
 ふたつの井戸
 趣味と仕事
 釈迦の掌
 日本という怪物
 懲役五年
 翻訳者とスポーツ
 名ばかりの人事部長
 プロになれない者たち
 社内旅行ほど残酷な仕事はない
 「時間」の蓄え
 新しい砦
 本を買うということ
 遠かったドイツ
 人間と風景
 

『誤訳迷訳欠陥翻訳』

08 06, 2013
誤訳迷訳欠陥翻訳 (1981年)誤訳迷訳欠陥翻訳 (1981年)
(1981/06)
別宮 貞徳

商品詳細を見る


 読む場所を選ぶ本。まわりに人がいるところで読んではいけません。あまりにもおかしくて笑いをこらえきれなくなり、変な人に思われます。
 ただ、読後は落ち込んだ気分に。こんな低劣な翻訳書が出版されて、それがまかり通ってしまう世界ってなんだかな~って感じです
 現在このような状況が改善されているのかどうかは調べてみないことにはわかりません。

 そういえばこの前、まるまる1章機械翻訳で訳されたも本がそのまま出版されたというとんでもない話がありましたね。それで許されるなら楽な商売ですね


 さて、別宮さんはこの本で、誤訳を考えるうえで有益なことを書いています。翻訳にはどのようなレベルのものがあるかというものです。p.232以降の内容を簡単に引用、整理してみます。

 ①良訳 著者の言わんとするところを正しくとらえて、それをりっぱな日本語で表現したもの
 ②名訳 良訳の中でも特にすぐれたもの
 ③(広い意味での)悪訳 良訳の2つの条件をみたさないもの
 ④(狭い意味での)悪訳 りっぱな日本語で表現されていないもの
 ⑤(広い意味での)誤訳 著者の言わんとするところを正しくとらえていないもの
 ⑥(狭い意味での)誤訳 語学レベルでの誤り(表層的)がなくても、感覚的なレベルでの誤り(深層的)があるもの

 要は解釈と日本語というふたつの基準を設けて考えているわけです。

 日本語については「りっぱな日本語」という表現を使っているのですが、この本を読んだだけではこれが「上手な日本語」の意味なのか、「日本語としての体裁を整えたもの」の意味なのか、いまひとつよくわかりません。
 
 ただ、この本のなかで「いわゆる誤訳よりも悪訳の方がよほど罪が重いと考えている」(p.30)とか、「誤訳なんてハシカみたいなものだが悪訳はガンだ」(p.31)などの記述があることを踏まえれば後者の可能性が高いと思います。

 そうであるとすれば、これは「悪訳」なんてものではいささかもなく、「非訳」とでも言うべきものだと思います。日本語の文章になっていなければ、翻訳がどうのこうの言ったって意味がありません。

 詳しくは『日本人に日本語を』を読んでいただけばいいのですが、日本語の「免疫力」、日本語の「健康」に問題のある文章は、そもそも日本語としての体裁を整えていないわけですから、翻訳の評価の対象にはなりえません。それ以前の問題です。

 
日本人に日本語を〈第1部〉翻訳者に日本語を日本人に日本語を〈第1部〉翻訳者に日本語を
(2011/04)
辻谷 真一郎

商品詳細を見る


 
 解釈の問題にも触れておきます。別宮さんは解釈を表層的解釈と深層的解釈に分けています。そして、「表層的には誤訳でも深層的には誤訳でない場合、逆に表層的には誤訳ではなくても――つまり正訳でも――深層的には誤訳のことが往々にしてある。そして、それこそほんとうの誤訳と呼ばれるべきだ」(p.232)と言っています。

 前者についてはドナルドキーン氏が『斜陽』の英訳で「白たび」をwhite glovesにしたという話を紹介しています。「白たびは威儀を正した礼装」ですが、「white socksと訳したら、まるでテニスに出かけるスポーティな少女のおもむき」が出てしまいます。そこでwhite glovesなら白たびと同じく、「威儀を正した礼装」のイメージがわくので、「表層的には誤訳でも深層的には誤訳でない」というわけです。

 まさにその通りなのですが、表層的に誤訳だとか誤訳でないとか言うのは意味のないことだと思います。X語の単語なり文なりを読んだり聞いたりして思い描くイメージと、Y語の単語なり文なりを読んだり聞いたりして思い描くイメージが同じになるように、言語の形式を変換するのが翻訳と言う作業です。言語が違えば言語の形式も違います。だからその形式の違いを問題にしても無意味だということです。


 以上のことを踏まえて翻訳を評価する基準を考えてみました。少し表現を変えています。

 ①良訳 原文の情報を正確に把握できており、それを変質させずに「基礎体力」、「競技能力」を備えた日本語で表現しているもの
 ②名訳 良訳のなかでも、日本語の「競技能力」が一線級のもの
 ③悪訳 日本語の「基礎体力」、「競技能力」に難があるもの
 ④誤訳 原文の情報を正確に把握できていないか、それを正確に把握できていても形式を変換する際に変質させてしまったもの
 ⑤非訳 日本語の「免疫」、「健康」に問題があり、日本語としての体裁を整えていないもの

誤訳ってなに?どうして誤訳が生じるの?

07 24, 2013
 誤訳、誤訳と言いますが、そもそも何をもって誤訳と言うんでしょうか。

 みんながそれぞれ異なる認識のもとに「誤訳」ということばを使っていると、当然議論にならなくなります。

 何か参考になるものがないかと思ってAmazonでいろいろ探してみました。


 『新版 誤訳』グロータース、三省堂選書
 『誤訳迷訳欠陥翻訳』別宮貞徳、文藝春秋
 『誤訳-大学教授の頭の程』竹内謙二、潮文社
 『続誤訳迷訳欠陥翻訳』別宮貞徳、文藝春秋
 『誤訳で学ぶ技術の英語』井上章、アルファベータ
 『誤訳パトロール』堀内克明、大修館書店
 『名訳と誤訳』中村保男、講談社
 『こんなにもある翻訳書の誤訳』重長信雄、一光社
 『誤訳悪訳の病理』横井忠夫、東洋書店
 『現代翻訳考-超訳・名訳・誤訳を読む』中村保男、ジャパンタイムズ
 『誤訳辞典』別宮貞徳、バベルプレス
 『誤訳・悪訳・珍訳大研究』菊地義明、日本実業出版社
 『特選誤訳迷訳欠陥翻訳』別宮貞徳、筑摩書房
 『やっぱり、誤訳だったのか!』別宮貞徳、ジャパンタイムズ
 『誤訳をしないための翻訳英和辞典』河野一郎、DHC
 『誤訳の構造』中原道喜、聖文新社
 『誤訳の世界はワンダーランド』古賀正義、ぎょうせい
 『推理小説の誤訳』古賀正義、日本経済新聞出版社
 『日本人なら必ず誤訳する英文』越前敏弥、ディスカヴァー・トゥエンティワン
 『悩ましい翻訳語』垂水雄二、八坂書房
 『厄介な翻訳語』垂水雄二、八坂書房
 『誤訳の典型』中原道喜、聖文新社
 『日本人なら必ず悪訳する英文』越前敏弥、ディスカヴァー・トゥエンティワン
 『誤訳の常識』中原道喜、聖文新社
 

 絶版のものも結構ありますが、かなりの数になりました。文芸翻訳になると話がややこしくなるので、まずは産業翻訳、技術翻訳の分野を中心にみていきたいのですが、やはり文芸翻訳を対象にした本が多そうです。

 誤訳のメカニズムを明らかにするには、中原さんの3部作が参考になりそうですね。

 誤訳の定義ですが、情報量理論、情報子理論の枠組みを使えば、次の3点を満たしたものと考えられるのではないでしょうか。
 1.言語の本質を踏まえていない
 2.情報量を把握できていない
 3.情報子を把握できていない

 この3つでいけるかどうか、上に挙げた本などを参考にして検討していきたいと思います。

『SOHO翻訳者の仕事部屋』

05 08, 2013
SOHO翻訳者の仕事部屋SOHO翻訳者の仕事部屋
(2013/02)
まな!

商品詳細を見る



 
 目次

「翻訳者への道」編
 翻訳という仕事を選ぶ
 身につける
 文系出身でも医薬翻訳はできる
 投資と準備
 回り道は近道
 自分を売り込む
 かくありたい
「翻訳業界/翻訳会社事情」編
 在宅翻訳者が垣間見た業界の風景
 翻訳者(個人)と翻訳会社/エージェント(組織)とのお付き合いトラブル事例集

 
 トライアリストの大先輩、まな!さんの本です。
 この本は、まな!さんが以前やっていたブログ、SOHO翻訳者の仕事部屋のなかから、「翻訳者への道」と「翻訳業界/翻訳会社事情」の記事を選んで編集、書籍化したものです。

 産業翻訳者になるための勉強方法や、産業翻訳者の仕事事情をここまで明らかにしている本ってないと思います。確かに、産業翻訳の翻訳テクニックに関する本は多数世に出ていますが、翻訳の仕事の実際や心構えなどを説く本となると出版翻訳の分野に限られていたのではないでしょうか。

 産業翻訳者によって書かれたこの手の本に山岡洋一さんの『翻訳とは何か』があります(もっとも、山岡さんは出版翻訳のお仕事もされていました)。現役の産業翻訳者、産業翻訳者を目指して勉強している人がこの本を読んでいないとしたら、モグリであると言っても過言ではありませんので、すぐに読んでください
 
 さて、数年後にはこれを読んでいなければモグリであると言われてしまう可能性大の『SOHO翻訳者の仕事部屋』。元になったブログは私にとって本当に貴重な存在でした。

 2年前に翻訳の勉強を始めてからというもの、何度読み返したかわかりません。このブログを自分でまとめたノートもあります。そして、その教えを忠実に守るように心がけました。

 このブログが書籍になって改めて読み返してみて、何も特別な考え方や一般には知られていない秘訣があるわけではないと改めて思いました。翻訳者を目指す者にとって「あたりまえ」のことが淡々と書かれています。
 でも、翻訳に関する雑誌やブログが溢れている現在、その「あたりまえ」がわからなくなってしまっているんです。手に入る情報の質は玉石混交です。

 その点、まな!さんはこの道15年のプロ翻訳者。後進の育成のために仕事の受注量を減らすまでは仕事が途切れることはなく、連続受注記録2,506日という記録ももっています。
 この道のプロがこの本のなかで「あたりまえ」のことを「あたりまえ」にやればプロになれると言っているのです。これは読むしかない

 まな!さんは主に医薬分野の翻訳をやっていらっしゃるので、一部に医薬翻訳の話が出てきますが、どの分野でも基本的な考え方や心構えは同じです。そこはご自分が目指す分野に置き換えて読んでくださいね。
Humanitude(ユマニチュード)「老いと介護の画期的な書」発売中!
詳細はこちら、お申込みは こちらをご覧ください。
検索フォーム
プロフィール

クルック

Author:クルック
翻訳の森に迷い込んでもう3年。トライアリスト東京。

最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
訪問者数
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。